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殺されなかった天使Ⅱ
プロジェクトタイプ
Installation
日付
2023年
場所
プライベイト
展覧会
家・家族・故郷の生態系とお土産のポータル
「家庭の天使を殺すことは、女性作家の仕事の一部だった」
ヴァージニア・ウルフは1931年に行ったスピーチにて「家庭の天使」を痛烈に批判している。「家庭の天使」とは、コヴェントリー・パットモアが19世紀半ばに発表した詩に出てくる、当時の理想の女性像である。
ウルフの切実さを理解できる。というのも、ある意味私は家庭の天使を追い出すために、本来は自宅であるはずの一軒家「貸民家プライベイト」を開け放ち、住人ではなく管理人を名乗り、他者の来訪を待ち望んでいたからである。あわよくば誰かが手を下してくれないだろうかと、そう思い詰めていたのだ。
運営開始から数年が経過し、天使はすっかり消え去ったものと安心しきっていた家の中で、再びその姿を確認したのはつい最近のことである。思わず身構えてしまったのは言うまでもないが、ほどなくその存在に、昔ほど脅威を感じなくなっていることに気がついた。
キャロル・ギリガンの提唱したケアの倫理は、性別役割分業を助長させるものとして一部から大きく批判を受けた。事実、ケアという物差しにおいて女性の貢献度は高い。時に自己犠牲的選択とも見て取れるそのあり方や、外部に仕立てられた女性像の内面化を警戒するという意味において、その批判は家庭の天使を殺す力と酷似する。
確かに家庭の天使は油断のならない存在だ。しかしそれが「誰にとっても」油断のならない存在であることこそが重要ではないだろうか。少なくとも私には、天使という偶像を描く全ての要素が、自分自身の声から完全に客体化できるとはどうしても思えない。そして、そう思い悩む経験は、あまねく作家に起こり得るはずではないか。
個の自律/自立が尊重される世の中で、家庭の天使を殺せなかったことを告白するのは震えるほど怖い。しかしケアの倫理に対する繊細な誤解を解くためにも、私に起こった具体的事例について明示しておかなくてはいけない。
これは憶測に留まるが、プライベイトの来訪者たちが、かわるがわるその声を拾い上げ、あらゆる方法で天使を延命させていたのではないだろうか。私に見えた天使は、利用者一人一人がこの家に身を投じた当事者として、振る舞った行動ひとつひとつによって、奇跡的に紡ぎ出された表象なのである。そうでないと、私1人で、4年もこの場を続けられるはずはなかったのだ。私に、プライベイトにもたらされたその価値は、不当に貶められるべきではない。
真に「家庭の天使」と対峙したことのある人間に問いたい。今なおプライベイトで生き延びている天使は、あなたの目にはどう映るのか。
今や天使は私に何もささやかない。この家で、作家の輪にまぎれ、ただ機嫌よく過ごしている。
そしてその姿は、私にも、あなたにも、少しずつ似ているのだった。









